☆☆☆組織開発の実践風景をリアルに描いたショートストーリー☆☆☆
新緑が初夏の日差しに輝いている、それが建物の大きなガラスに映りさらに洗練された美しさをみせる。
ここは郊外の研修施設、会社が新任管理職から役員候補までのマネジメント・トレーニングを目的として数年前に建てたものだ。建設業を営むだけあって、外観にかなりこだわっていてゲストハウス的な要素も兼ねた施設となっている。
「いやぁ素晴らしいですね。ここまで素敵な研修施設に来たのは初めてです。」と、外部コンサルタントのMは感激を隠さない。
今日から二日間は年2回行われる研鑽会合宿。組織開発(OD: Organization Development)の社内実践コーチ達が集まって、その技術をブラッシュアップする大切な機会だ。Mは、組織開発(OD: Organization Development)のスペシャリストとして、社内コーチの指導を委託されている。
「こうした素晴らしい環境に入ると、ついついカッコいいことを言いたくなりますが、これから取り扱う題材はいつもの職場でおきる泥臭い現実です。抽象的だったり表面的だったりの議論にならないように気をつけましょう。」
出席者を見回して、
「Cさん大丈夫ですか?」
「はい、もちろん大丈夫です。」と、動じることなく応えた。
Cは出席者の中で一番コーチ経験が浅いのと、いじられやすいキャラクターもあいまって、いつも最初にMから突っ込まれる。
「さすがに、毎回Cさんからでは揺さぶりになりませんねぇ。」
「いえ、いつもドキドキさせられていますよ!」と、笑顔でボケる余裕までみせた。
あまり意味のないやり取りのようだが、これでも自然なアイスブレイクになり、この会が「職場の現実」を扱うことをさりげなく印象付けている。
「それでは、本日のワークです。皆さんこれを読んでみてください。」
<新卒入社3年目・N君へのインタビュー>
「課長ですか? 僕はやりやすいですよ。細かいことまで丁寧に教えてくれるし、お忙しそうなときでもちゃんと話を聞いてくれるし・・・。ここだけの話ですけど隣の課じゃなくてよかったです。同期から聞きましたけどけっこう厳しいらしいですよ・・・」
「いかがでしょう。このインタビューから読み取れることは何ですか?」
少し考えて、Dが手を挙げた。Dは、ODコンサルとして3年目、思ったことをすぐ言葉に出せる積極性が長所だ。
「N君は、指示通りの成果をいつも出せているようだし、その点は評価されていると思います。」
「なるほど、他の方はいかがですか?」
「はい!」 理論派のAが手を挙げる。
「N君は、今の仕事や環境に満足している様子ですね。」
「そうですね、では課長に対する感情はどうですか?」
Cが、周りの様子を見ながら応える。
「N君は、『やりやすい』と言っていますね。悪くない関係だと思います。」
「はい、ありがとうございました。それでは次を読んでください。今度はN君の上司である課長のインタビューです。」
<課長へのインタビュー>
「3年目のN君ですか、彼にはもう少しやる気を出して欲しいですね。実力はあるのにもったいないです。なんか待ち姿勢というか、モチベーションが低いというか・・・。もちろん仕事はちゃんとやるんですよ。指示したことは正確に処理するんだけど、それ以上の何かが出てくることはない訳ですよ・・・」
「さあいかがでしょう。感じたことをお話しください。」
すぐに積極的なDが話し始める。
「なんかN君がかわいそうな気がしました。ちゃんとやっているのにこんな風に思われているなんて・・・」
「そうですか、他の方はどうでしょう?」
理論派Aがすぐに手を挙げた。
「この課長は、N君に期待することを伝えてないです。」
「なるほど、目標設定に問題あり!ということですか?」
「はい、そうです。それとフィードバックも中途半端ではないでしょうか。」
「たしかに、伝えるべきことを伝えてない感じはしますね。Bさんはいかがですか?」
ずっと黙って聞いていたBが顔をあげた。Bはコンサル歴5年でそろそろ後輩コンサルの指導に回ってもよい頃だ。
「このワークは面白いですね。この順番で読むとN君はかわいそうで、課長の目標設定やフィードバックに問題あり!って感じちゃいますよね。」
「ほう、それはどういうことですか?」と、講師Mが乗っかっていく。
「たとえば、順番を逆に読んだら僕らはどう感じたか?ということです。」
「どう感じるんですか?」
「課長のインタビューだけを最初に読んだら、『モチベーションの低い部下に課長も苦労しているんだな!』と感じたと思うんです。そのあとN君のインタビューを読むと『課長の気も知らないでのんきだなぁ。3年目なんだからもうちょっと成長して欲しいよなぁ』と、課長に共感する印象になったかも知れません。」
「それは、面白い視点ですね。Bさんは、これまでにこんな経験があったのですか?」
「同じではないですけど、一人の言葉を信じて先入観を持つと、あとで痛い目に合うのはしょっちゅうですから!」
「なるほど、他の方はBさんの視点についてどう思われますか?」
見回すが、他のメンバーは考え込んでいる。
「それでは、こうしましょう。今回はこの二つのインタビューだけです。この材料から今後コンサルタントとして、この職場にどうアプローチしたらよいか?を一緒に考えてみましょう。」
皆がうなずく様子を確認してMはまとめる。
「では、話し合いを始めて下さい。内容の見える化も忘れないでくださいね。」
窓の外からは、新緑がゆれてやさしい光をなげている。参加者たちはそれに目を向けることなく対話に集中し始めている。その様子を離れたところから眺めるMは静かに一口水を飲んだ。
これからしばらくは「場」にまかせて静観することになる。
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