☆☆☆組織開発の実践風景をリアルに描いたショートストーリー☆☆☆
「正直やってらんないっすよ、この忙しい時にちんたらチーム活動なんて・・・」
ベテランGが、まわりに聞こえる大声で愚痴っている。
チームリーダーのFは、Gのこうした発言にいつも困るのだが、年上なのでなかなかはっきり言うことが出来ない。
今日は組織開発ワークショップの日、毎週木曜日の午後に約3時間、第2開発部全員(約50人)が社員食堂でチーム活動をしている。活動テーマは各チームに任されていて、チームリーダーを中心に自主的な運営を行っている。
Fのチームは、他に無口でクールな中堅社員H、紅一点で入社3年目のJと新人のK、問題の先輩Gも含め5人のメンバーだ。年齢差はだいたい均等にばらけてバランスが良いチームだと言える。
だが、Fリーダーはいつも思う。他のチームは和気あいあい楽しそうに対話をしているのに、自分のチームだけが毎回なかなか本題に入れない。今日もベテランGが実践コーチにからみ始めたからだ。
実践コーチMは、組織開発を専門とする社外コンサルタント。このような組織開発ワークショップを支援する。
「コーチ、仕事に戻ってもいいですか?」と、GがMに投げかける。
「Gさん、お忙しそうですね。もちろんお仕事は大切です。ただ、ここに集まっていただいているのは部長からの指示だと思うので、少なくとも課長に状況をお話しして、了解を得てからにしてください。僕はそれを判断できませんので・・・」と、軽くかわした。
Gは、課長に愚痴が通らない事がわかっているので、いつもそこで黙る。しかし表情はますます険しくなる。
リーダーFはその様子にあきらめ顔だ。(戻っていい!と言ってくれれば助かるのに・・・)と、投げやりな気持ちが顔に出ている。
Mはそんなことをまるで気にしない様子でGに問いかける。
「Gさんはかなり忙しそうですが、どなたか手伝うことはできないのですか?」
「それは無理ですよ!」Gが突き放すように答える。
「なぜ無理なのでしょう?」
「中身をわかる人がいないからですよ。」
「なるほど、専門性が高いお仕事なのですね、リーダーのFさんはこの点についてどうお考えですか?」
迷惑そうな表情のままFがしぶしぶ答える。
「Gさんの担当されている仕事は、ベテランでないとできないと思います。」
「なるほど、Fさんもベテランかと思いますが、Gさんのお手伝いはできませんか?」
「状況がわかっていないのですぐには無理です。それに、他の仕事もあるので簡単には手伝えないです。」
「そうですか、Hさんはいかがですか?」と、今度は無口な中堅社員Hに矛先をむける。
「すぐに手伝うのは無理ですが、Gさんのお仕事には前から興味があったのでチャレンジはしてみたいですね。」と、けっこう大胆なことをクールに言い放った。
「チャレンジしてみたい訳ですね、ではJさんはいかがですか?たしか入社3年目でしたね?」
Jはこのチームで唯一の女性メンバーだ。
「はい3年目です。私がチャレンジというのはまだ無理だと思います。でもGさんにはわからないことをいつも教えてもらっています。お忙しいのにとても丁寧なので感謝しています。」
「なるほど、Gさんは面倒見がよいのですね。最後にKさんはどうですか?ここに配属されて半年くらいですよね?今はどんなお仕事をされていますか?」
「私はFさんから指示されることを色々とやっています。それと、空き時間には基準書を読んで覚えるように言われています。」
「Gさんとの接点は何かありますか?」
「基準書読みに苦戦していると、よく声をかけてくれます。言葉の意味を教えてもらうこともあります。」
「なるほど、Gさんがお忙しいのはこういう側面もあったのですね。ありがとうございます。リーダーはこの状況をどう分析しますか?」
「分析?ですか・・・」
「はい、チーム運営の視点でみるとどうでしょう?」
「分析になっているかどうか・・・、でもGさんには若手二人の面倒を見てもらっていてとても助かっています。私はHくんと一緒に仕事をすることが多いので、彼のことはかなり把握できているのですが・・・。」
「だとすると、このチームでGさんのお仕事だけが孤立しているように見えますがいかがでしょう?」
「そうかも知れません。」とFはうなずく。
「では、ひとつ提案があるのですがよろしいですか?」
「はい、なんでしょう。」
皆の視線が実践コーチMに集まる。
本人は気付いていないがGの表情はかなり和らいでいる。
「今日のチーム活動は、Gさんの業務を皆さんで共有するのはいかがですか?」
「共有ですか?」
「Gさんがやっているお仕事を全部棚卸しするようなイメージです。」
「いいですね、興味あります。何かお手伝いできることが見つかるかも!」と、紅一点Jが明るく反応してくれた。
「Gさんいいですか?」
「えっ、はい・・・。」と、思わぬ展開に戸惑うG。
「Gさんの忙しさを分析する意図もありますが、協力できるポイントを探すことにもなるかも知れません。ではFさん、後の進行はお任せします。言いっぱなしにならないように『見える化』も忘れないでくださいね。」
「はい、わかりました」
Fは、今日の活動に方向付けができたのでホッとしている。
新人Kがすぐに付箋紙などを用意して皆に配っている。
Mはその様子を見ながらチームを離れて隣のチームに移動した。
「どうですか、うまく進んでいますか?」
一週間後、同じワークショップの時間、MのもとにGがやってきた。
「Mさん、先週はありがとうございました。」
「おや、何かいいことがありましたか?」
「はい、自分の仕事を全部話したらなんだかスッキリしました。それにチームの皆が色々心配してくれているのがわかって、かえって恐縮してしまいました。」
「そうですか、それは良かったですね。」
「はい。」
「では、この時間を『週一回の団体戦』と呼んでいる意味はおわかりですね?」
「えっ?」
「仕事そのものは皆さん一人でやることがほとんどです。しかしながら、その準備だとか課題解決などは、一人で考えるよりチームの話題にしてしまう方が何かと良い効果に結びつくという考え方です。」
「それが団体戦ですか?」
「はい、例えば柔道の団体戦を思い浮かべてください。実際に戦うのは個人ですが、団体戦なのはどうしてでしょう?」
Gは、少し考えて、
「対戦相手の分析や相性などを話し合って対戦順を決めているかも知れませんね。」
「おっしゃるとおりです。仕事も実際の作業は各自で取り組みますが、困ったとき話す相手がいると安心できるし発想が広がりますよね? こうした連携のパフォーマンスを問うのが団体戦だと思いませんか?」
「たしかにそうです。」と、何かつかんだ様子だ。
「この時間をどう使うかはチームで考えてください。『週一回の団体戦』を有効に活かせれば仕事の効率も必ずアップするはずですよ。」
「わかりました。今までそのように考えたことなかったです。」
Gのスッキリした表情に、コーチMは笑顔で応えた。
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