☆☆☆組織開発の実践風景をリアルに描いたショートストーリー☆☆☆
ここは、「中堅社員ワークショップ」が行われる会議室。
これからの職場リーダーとして期待されるメンバーが様々な部門から集められている。ファシリテーターは、組織開発の実践コーチMだ。彼はこうした人材育成系のワークショップも行う。また、個々の実践スキル向上のために、適宜「見える化」トレーニングなども行っている。
コーチMが、参加者に問いかけることからワークショップは始まった。
「今日は『計画的な雑用』というテーマについて考えます。まず全員で職場の『雑用』にどんなものがあるか見える化してみましょう。」
しばらくして、出てきたワードはこのようなもの。
<付箋に書かれた『雑用』ワード>
「たくさん出ましたね。どうですか、人によって『雑用』と感じる仕事に差がありませんか?Aさん、いかがでしょう?」
いきなり指名されたが、慌てた様子は見せずに応えるA。
「そうですね、会議開催の準備関係や議事録なんかは、個人的に『雑用』とは言えない気がします。」
「なるほど、どうして『雑用』ではないのですか?」
「会議は仕事の一部だからです。」
「なるほど、Bさんはいかがですか?」
「ここだけの話ですが、朝会とか週報などは、マンネリ感というかやっている意味が感じられないので雑用感が強いです。」
「Bさんにとっては、朝会や週報があまりお役に立ってない訳ですね。正直なお気持ちありがとうございます。」
「Cさん、女性目線から何か感じることはありますか?」
「今どき、女性だけに押し付けられている『雑用』はないと思います。ただ、給湯室まわりのことは男性に手を出させない、という雰囲気は今もあるかもしれません。」
「そうですか、興味深いお話しですね。では、『雑用』とそうじゃない仕事との境界は何だと思いますか?」
「人によって感じ方が違うということはありそうですね。」
「感じ方ですか?つまり内容の問題ではなく、その人がその仕事をどう感じているか、で『雑用』かそうでないかが決まっている。ということですね。」
「そうですね、そんな気がします。」
「ありがとうございます。他の方もだいたい同じような考え方ですか?」
見回すが大きな異論はないようだ。
「では、次に進みます。皆さん今度は大学のラグビー部を思い浮かべてください。そこでは、部室の清掃、グランドや練習用機材のメンテナンスなど毎日やらなくてはいけない作業があります。これらを『雑用』と呼んでもよいでしょうか?」
この問いかけには誰も反応しない。単純に「はい」と答えてもよいのだが、コーチの言葉に何か裏がありそうな気がするからだ。
「次の問いにつながることを読まれましたね?」と、ちょっと笑って先を続ける。
「ある大学では、そうした作業を4年生部員が行うことにしているそうです。」
少し間をおいて問いかける。
「どうしてでしょう?」
いっせいに考え込むが、コーチMは十分な時間を与えずすぐに指名する。
「Bさん、どんなことを考えられましたか?」
「えっ・・・、1年生は『雑用』をしないということですよね?」
「そうですね、もし1年生がやっていたら『雑用』と感じるかもしれませんね」
「えっ、4年生は『雑用』と感じないのですか?」
「どうでしょう、Cさんはどう思われますか?」
「4年生は、清掃やメンテナンスの大切さを実感できているから、それらを『雑用』ではなく、効果的な練習のために必要なプロセスだと考えているかも知れません。」
「なるほど、確かにその作業を4年生がやると、とても丁寧なのだそうです。加えて効率がよく作業時間も短いそうですよ。Aさん、これは何を意味しますか?」
「4年生は作業の目的や手順がよく分かっている、ということでしょうか。」
「その通りです。もうひとつ考えてみましょう。そうした4年生の姿を見ている1年から3年生達にはどのような影響があるでしょう?」
「練習に真剣に取り組む姿勢というか意識が強くなると思います。」
「そうですね。清掃やメンテナンスに時間を取られない分、走り込みや基礎体力をつけるエクササイズを自発的にしているそうです。他に気付かれたことはありませんか?」
全員を見回すが、特に反応はない。
「では、関係性の視点はどうでしょう、特に上級生と下級生の関係性です。」
「よく言われる体育会系の上下関係とは違うような気がします。」と、Aが応えた。
「はい、その事例では学年間の壁が低く、一体感のあるチームビルディングに効果的、とのお話しでした。以上をまとめると、作業を4年生が行う目的は以下の3点になります。」
<目的>
・効果的な練習のために必要な準備作業の効率化
・下級生が真剣に練習に取り組む意識の醸成
・上下に壁のない一体感あるチームづくり
「では次に『計画的』ということを考えてみましょう。仕事が『計画的』だということは、目的や方法・手順に加えてゴールが明確になっている状態だと言えますね。今、目的を三つに整理しました。方法や手順という視点から見てどうでしょうか?」
<計画的>
目的 → 方法・手順 → ゴール
Bに視線を投げる。
「方法として、4年生がやるということは明確です。」
「手順はいかがですか?」
「書かれたものがあるかどうかわかりませんが、手順も明確だと思います。毎日繰り返しているはずですから、やり方は全員の頭の中にしっかり入っているでしょう。」
「ゴールは明確ですか?」
「はい、そう思います。自分たちで使うものですから・・・。」
「目的の中には、意識の醸成や一体感といった少し情緒的な言葉もありますが、それらが達成されたかどうかをどう判定しますか?」
ちょっと考えながら、「できたかどうか、当事者が一番よくわかっているはずです・・・。」
「なるほど、ではCさん、これまでの話から4年生の作業は計画的だと言ってよいでしょうか?」
「はい、そう思います。」
「第三者の目には、清掃やメンテナンスが『雑用』と映るかもしれませんね。そうしたときこのエピソードは、『計画的な雑用』と言って差し支えありませんか?」
「はい、いいと思います。」と、Cは納得した表情をみせている。
「では最後に、この『計画的な雑用』モデルを自分の職場に展開して考えてみましょう。どんな『雑用』が『計画的』になりそうですか? 業務効率化と人材育成の目的を組み合わせて設定するのがコツですよ。」
全員が真剣に考え始めている。その様子を確認して組織開発コーチMは静かに待つことにした。
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