【コラム】ゆるい職場と組織開発

コラム

☆☆☆ゆるい職場陥りやすい「ゆでカエル」マネジメント☆☆☆

大手企業若手社員の離職要因として「ゆるい職場」が話題になっている。
リクルートワークス研究所の古屋星斗氏のレポートでは、残業が少なく、休みを取りやすく、副業・兼業にも肯定的で、失敗を許容してくれる。このようになんだかとても働きやすそうな職場を「ゆるい職場」と名付けている。

離職要因かどうかはさておき、そもそもこんなにゆるくて会社は大丈夫なのだろうか?
私見であり推測に過ぎないのだが、おそらくこうした大企業には優れたビジネスモデルがあって、安定した収益構造をもっているのではなかろうか。そうであれば、業務は標準化・マニュアル化が進み、コストダウンや効率化がメイン課題、商品やサービスの高品質を着実に維持している状態がイメージできる。地道な改善業務の手法は確立されていて、やることはきわめて明確だったりする。業績が安定していればさほど緊急性もなく、定時内にできる範囲の仕事量で退社できるというわけだ。

しかし世の中は常に変化しており、いかに優れたビジネスモデルとは言え、ゆっくりとした環境変化の流れの中で、それは確実に陳腐化するはずだ。でも「まだまだ大丈夫!」と根拠のない安心感に正常性バイアスも加わって「ゆるやかな思考停止」が始まっていないか。目先のことにはまじめに取り組むけれど、中長期課題をなんとなく先送りして別の意味で「ゆるい職場」が出来上がっていないだろうか。

もうひとつ、古屋氏は若手社員の社会活動経験の量と「ゆるい職場」に対する不安感が相関するとしている。つまり入社前に様々な社会経験を積んでいる人ほど、このゆるさに不安を覚えやすいというのだ。
若手は、学生時代にインターンやボランティア、様々なバイトなどの社会活動で目にしてきた厳しさと、入社した大企業のゆるさに大きなギャップを感じるのかも知れない。そして会社内ではこのまま快適に過ごしていけるが、一歩外に出たとたん自分の能力が通用しないのでは?との漠然とした不安を覚えるのだ。もともと長く会社にいる中堅・ベテラン社員たちはすっかりゆるさに馴染んでいるから、若手が感じる不安には鈍感だ。先輩たちから共感を得られないことも、若手の離職動機につながっているのかもしれない。

さて、こうした症状を組織開発視点でどう読み解くか。
これは特に最近現れたわけではない、と私は考えている。ゆっくりとした環境変化に対応が遅れて気付いた時には手遅れ!というのは「ゆでガエル現象」として以前から知られている。カエルはいきなり熱湯に放り込まれれば慌てて飛び出すが、ゆっくり水の温度を上げていくと変化に気付かず「ゆでガエル」のできあがり!という例えだ。(本当にそうなるかどうかは知らない)

以前はこの現象によって組織全体が「ゆでガエル」になってしまうように言われていたが、今の若手カエルの中には、温度変化に気付きさっさと一人で飛び出せる者が出てきたということなのだと思う。市場環境全体を読み通せなくとも、職場の思考停止状態に違和感を覚えることはできるからだ。
離職増加はたしかに問題だろう。しかし組織にとっての本質課題はそこではなく、環境適応の遅れから取り返しのつかない事態が襲うかもしれない点だと思う。本当の「ゆるさ」は労働環境のことではなく、変化に向き合うことなくコンフォートゾーンに満足している意識の「ゆるさ」なのではなかろうか。

制度ではなく、雰囲気のゆるさを払しょくして環境適応できる組織体質にするには、根気よく風土革新のプロセスを進めるしかない。トップダウンの指示で「ああしろ!こうしろ!」だけでは、思考停止は続くし待ち姿勢もなくならない。快適なぬるま湯環境を打ち切るだけの危機感や腹落ちがなければ、やらされ感を生み出すきっかけになるだけだ。

組織開発によるオーソドックスなアプローチとして、
 ① 現状調査と見える化(困った現象とその要因分析)
 ② 対話の場(このまま放置するとどうなる?などのシンプルな問いからスタートして、具体的な解決アイデアの抽出まで)
 ③ 解決行動の計画作成
という流れが考えられる。

しかし、実際に行うのは意外と難しい。なぜなら組織状態を俯瞰するようなワークショップには十分な時間が必要で、就業時間の短い「ゆるい職場」にとって緊急性の感じにくい案件に時間を割くのは抵抗感が大きいからだ。
おそらく、メンバーは重い課題に向き合うことを無意識に避けたがる。あまり考えたくない事態に直面すると、いつも仲のよさそうな職場でも心理的安全性が一瞬で失われるからだ。メンバーは上司の顔を見て、指示を待つのが当然のようにふるまうだろう。マネージャーは、メンバー全員が本音で語り合うような「協創」の場をそう簡単には作れないことにようやく気づくのだ。

誤解のないように繰り返しておくが、社員エンゲージメントが低下するのは制度面で「ゆるい」からではなく、基本的な組織マネジメントにいろいろと問題があるからだと思っている。ゆるさを許容できる良好なビジネス状態は、皮肉にも「ゆでガエル」マネジメントを生み出しやすいのだ。
残業が少なく、休みを取りやすく、副業・兼業にも肯定的で、失敗を許容してくれる「ゆるい職場」はそれ自体が悪いわけではない。むしろ現代の働き方や価値観に適応したスタイルとして積極的に目指すべきかと思う。
ちゃんと目標が明確で仕事の相談や協働ができるような職場、上司から適切な評価やフィードバックを得られる関係性であれば「ゆるい職場」であっても離職増加は起きないはずだ。なぜなら、正しくマネジメントが出来ていれば、メンバーは達成感や成長感を感じることができるからだ。さらに副業・兼業にも肯定的なのであれば、社外から学ぶ機会も多いだろう。そのようにキャリア自律まで支援してくれるような職場環境自体、他ではなかなか得難いということにも気付くはずだ。

コンプライアンス的にホワイト過ぎると言われるような特徴をもつ「ゆるい職場」に、最近離職増加現象が起きているのは事実だろう。これはとても新鮮で興味深い報告だと思う。だからといって「ゆるい職場」という言葉だけを引用して、マスコミの一部が言う「昭和的職場」への回帰はどうか?という無責任な論調には釘を刺しておきたい。環境や制度が変化したらそれに応じたマネジメントが必要なのであって、昔のやり方に戻るだけでは何も解決しないことを強調しておきたい。

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