【ショートショート】イノベーションを考える

ショートショート

☆☆☆組織開発の実践風景をリアルに描いたショートストーリー☆☆☆

 中堅製造業の本社会議室に集まった20人ほどの役員たちは、3~4人に分かれてグループ対話を始めている。今日のテーマは「イノベーション」だ。世界の急激な環境変化に対応するには、すべての部門で従来のやり方を大きく変える必要があるのではないか?と、集まった役員たちは漠然とした危機感をもっている。本日の役員ワークショップ進行は組織開発コンサルタントのMが担当する。規模の大きな会社では、役員クラスへのアプローチこそが革新のきっかけとなる。

 Mは、話がいまひとつ盛り上がっていないひとつのグループに声をかけた。
「いかがです?うまく進んでいますか?」
 反応がうすい。
「まず創造性を発揮できそうな人材を思い浮かべてみませんか。」

 このグループは、以下の三人構成。
  人事系役員A: 論理的で頭の切れるタイプ、断定的に話すクセがある
  製造系役員B: たたき上げで海外工場の経験もある現実的な実践家
  情報システム系役員D: 常に全体を見渡す感性があり新しさや変化を好む

「先ほどのご説明だと『学習目標志向性』と『自己効力感』がある人材ということですよね?」と、人事系役員のAがしぶしぶといった表情で質問をした。
「そうです。自分の能力向上のために日常的に『学びの姿勢』がある人ということになります。会社と家の往復だけでなく、その間に第三の場所として『学びの場』を持てていると言ってもいいかもしれません。それと『自己効力感』は、やりとげる『自信がある』ということです。」
「なるほど」
「みなさんの組織に思い当たる方はいらっしゃいますか?」
「うーん、ちょっといいですか?」と、生産系役員のBが質問をする。
「はい、どうぞ」
「何人か思い当たるメンバーはいるのですが、ちょっとクセが強いのが多いです。」
「クセが強いといいますと、どういうことでしょう?」
「学びの姿勢や自信家であることは間違いないのですが、少しリーダーシップに欠けるようなところがあったりして、こうした革新プロジェクトを任せるにはやや荷が重い感じです。」
「なるほど、おっしゃる意味はわかります。ただひとつ思い出していただきたいのですが、イノベーションを考える時は、『アイデア出し』と『計画・実行』のフェーズを分けることがポイントです。まずは『アイデア出し』に絞って考えてみた場合はいかがでしょう?」
「たしかに!」と、情シス系役員のDが口をはさんだ。
「システム構築のときも、最初に全体仕様考える時は創造性がとても大事だけど、いざ作るとなると全然違うスキルが必要になってきます。」
「そうですね、フォローしていただきありがとうございます。」
 やりとりを見ていた理論派のAがまた割り込んでくる。
「Mさんは創造性発揮の素養として二点あげられましたが、他にも必要なものがあるように思うのです。その点はいかがですか?」
「するどいご質問ですね。ありがとうございます。今日の話は、創造性発揮の先行研究をもとにお話ししています。先ほどの二つの特性はその研究から抽出されたということですから、それだけで他に必要な要素がまったくないとは言えませんね。」
「やはりそうなのですね」
「はい、たとえば個人作業よりも共同作業の方が創造性を発揮できる、という研究もあります。その場合、ダイバシティーを活かすことやファシリテーションのスキルなども要素に入りそうですね。」
「なるほど」と、Aは納得したようだ。
「ただ、イノベーションに必要な優れた発想やアイデアは、上手なファシリテーションがあれば必ず生まれるものでしょうか?」
「違うと思いますね」とDがあっさりと同意する。
「必要なのはおそらく、外の世界の情報や視点を持ち込むことのできる能力かな。」
 Dの発言に応えてMが付け加える。
「『越境学習』という概念がありますがご存じですか?」
 三人とも頷く。
「そうです。最近この『越境学習』を会社として推進するところが出てきています。目的はイノベーションの起きる風土づくりだと思われますがいかがでしょう?」
 皆、少し考え込んでいる様子だ。それを見てMは話を一歩先に進める。
「皆さんは創造性を発揮する人材、新しいアイデアを生み出せるような人材のイメージができてきました。次に考えたいのは、そうした人材が実際に創造性を発揮しやすい環境づくりについてです。」
「それも先ほどのご説明にもありましたね?」と、実践家Bが確認を入れる。
「はい、そのとおりです」と言って先ほど投影したページのプリントを指し示す。

「これらにも背景となる研究があるようです。ただ、一般化した表現になっていますので実際にどうするか?は皆さんの会社や職場の実態に置き換えてストーリーを考えてください。」
 新しいことや変化を好むDが嬉しそうに聞いてくる。
「これは、私たちがやるべきことという訳ですね。」
「おっしゃるとおりです。まさに今日のテーマ『イノベーション』のマネジメントそのものですね。まず『アイデア出し』で能力を発揮してほしい人材、もしかしたらちょっとクセのある人材に対する支援について話し合ってみましょう。」

 先日まで「最近の若手はまったく提案をあげてこない・・・」とぼやいていた役員たちが、自分たちが進めるべき具体的な施策について考え始めている。専門分野の違う者同士でも「人」を対象にすることで同じ土俵で話せるのだ。
 Mは、次のグループの方へ移動して、また一から声をかける。
「いかがですか?うまく進んでいますか?」

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