【ショートショート】素晴らしい悩みごと

ショートショート

☆☆☆組織開発の実践風景をリアルに描いたショートストーリー☆☆☆

「皆さん、それぞれが感じている問題点を書き出せましたか?」
今日は、組織開発ワークショップの日だ。販売企画部の約60人が、業務担当ごとの10チームに分かれて活動する。
ワークショップの実践コーチMは会場を見渡す。おおむね書き出せているようだ。
「それでは、書かれたものをチームで共有してください。やり方はお任せします。」
Mは、組織開発を専門とする社外コンサルタント。このような活動の場づくりを支援して、対話からいろいろな気付きや行動変容を引き出すのが役割だ。

順番に様子を見て回るMがひとつのチームで立ち止まり話しかけた。
「どうですか、うまく進んでいますか?」
チームリーダーが、すこし落ち着かない表情で応える。
「まあまあでしょうか・・・。これは各自が書いたものを順番に共有すればいいですよね?」
「そうですねそれでも構いませんが、パッと目につく付箋を優先的に話すと時間を効果的に使えますよ。」
「パッと目につく、ですか?」
「そうですね、例えばこれなんか目を引きますよね。」
ひとつの付箋紙を指さした。
そこにはこう書いてある。
『ぼーっとしている時間が長い・・・』
「これはどなたですか?」
「はい、僕です。」と、恐る恐る手を挙げたのは新入社員のKだ。いきなりコーチに注目されたのでとても緊張している。
それはあまり気にせずMは続ける。
「Kさん、これはお仕事中のことですか?」
「はい、すみません。」
「いえ、いいんですよ。どうしてそうなってしまうのかわかりますか?」
「はい、やり方がよくわからなくて手が止まってしまうからです。」
「なるほど、まわりに相談できる方はいらっしゃらないのですか?」
「いえ、いるのですが皆さん忙しそうなので・・・。」
「声をかけにくい訳ですね。一番最近で手が止まってしまったのはどんなお仕事ですか?」
「えっ、はい、次の会議で使う資料のグラフ作成です。」
「そうですか」と、言ったところにチームリーダーのFが口をはさんできた。
「その仕事は、私がH君とK君にお願いしたものです。H君にはK君のフォローをしてくれるよう言いました。」
リーダーにいきなり名前を出され、少し不満な表情のHが応える。Hは中堅、後輩指導を任されたのはこれが初めてだ。
「たしかにそうですが、K君にはわからないところはすぐに聞いてくれるように言ってあります。」
それを聞いていたGも口を挟む。Gは後輩の面倒見がよいベテランだ。
「でもさ、ちょっと放置してたんじゃないの~?」
無口なHは先輩Gの言葉に言い返せない。小さなきっかけで犯人捜しのような空気が広がるのを見て、実践コーチMは次の質問を投げかける。
「なるほど、ところでKさんはどんな内容で止まってしまったのですか? もう少し詳しく話していただけますか?」
感情的にならないように、事実にフォーカスした質問だ。
「はい・・・」
Kが、問題のグラフについて話しだす。それを聞いてMは皆に問いかける。
「今の内容について、アドバイスできる方はいらっしゃいますか?」
リーダーF、ベテランG、そして中堅Hが手を挙げた。
「おや!Jさんは自信がないですか?」
Jは、入社3年目の女性メンバーだ。
「はい・・・、やったことはあるのですが、教えるとなるとまだちょっと怪しいです。」
「えーっ!何回も教えたじゃない。」と、ベテランGが突っ込む。
「すみません。なんか言われたとおりにやったらそのときはできたんですけど、一人でやるのはまだちょっと・・・。」
Mは、笑顔で話を進める。
「そうですか、いい機会なのでお二人とも覚えてしまいましょう。Hさんこの件の説明をお願いしていいですか?」
Hの説明は論理的でわかりやすかった。JとKは一生懸命ノートにメモをとる。
「Hさん、ありがとうございました。Fリーダー、何か補足はありますか?」
「いえ、大丈夫です。」
「Jさんは大丈夫ですか?」
「はい、やっとすっきり理解しました。次からは一人でできそうです。」
「よかったですね、Kさんのお悩みはこれで解決しましたか?」
「はい、この件については進められると思います。」
「この件以外にもある、ということですね? Gさんどうしたらいいと思いますか?」
「今日みたいに、悩みを話す機会がもう少し必要かなぁ・・・?」
「なるほど、このチームは若手が比較的多いですからね、ワークショップの時間にOJTを意識的に組み込むのは良いかも知れませんね。」
それに、ベテランGが大きくうなずく。
Mはここで終わらせず、もう一段階深めるための振り返りを行う。
「では、今までの話で気付いたことを皆さんで簡単に共有しましょう。まずはKさん、いかがですか?」
「はい、皆さんのおかげでグラフ作成の意味とやり方がわかりました。次はできると思います。」と、Kの緊張はすっかり解けている。
「よかったですね、次はJさんどうですか?」
「はい、私自身が中途半端だったことを、K君のお悩み相談で一緒にスッキリさせてもらえました。ラッキーですよね!」と、少々照れ笑いだ。
「そうですか、他の人の学びを自分にも活かせた訳ですね。素晴らしい。では、Hさんいかがでしょう?」
「はい、後輩指導は難しい、とあらためて感じました。」
「なるほど、どんなところが難しいですか?」
少し考えて、「自分のパートを完璧にやるだけじゃ資料は完成しない訳です。もっとJ君のパートにも気を回さないといけないと感じました。」
「そうですか、チームプレーの意識ですね。Gさんはいかがですか?」
「はい、手の止まっている後輩には気付けば声をかけるようにしていますが、これからはH君やJさんにもそれを心掛けて欲しいな!と思いました。」
「いいですね、Gさんならではの気付きかもしれませんね。最後にFリーダーはどんな気付きがありましたか?」
「はい、今日のワークショップの進め方がすごく参考になりました。」
「ほう、どういうことですか?」
「コーチが入ってくださって、すごく充実した話し合いができたように思います。もしあのまま進めていたら、問題点を順番に話すだけで表面的な会話しかできなかったように思います。」
「なるほど、僕は単に問いかけていただけですが、お気づきですか?」
「えっ、そうですか?」
「はい、皆さんが問いに応えているうちに充実した対話の時間が生まれました。」
「そうか、問いかけがポイントなのですね!」
「はい、Fさんも大切な気付きを得られたようですね。」
「はい、ありがとうございます。」
「皆さんは、それぞれ違うことに気付かれましたが、それぞれの気付きはチーム全体の気付きにもなっていますよね。これは素晴らしいことだと思いませんか?」
全員がうなずいている。Mは、最初にKが書いた付箋を指さして、
「もともとは、Kさんの書いた付箋(ぼーっとしている時間が長い・・・)がきっかけです。こうして振返ってみると、Kさんが書いてくださったことは『素晴らしい悩みごと』だったと言えますね?」

Mの言葉に照れるK、それを見守るメンバーの表情はみな明るく優しい。

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