【ショートショート】介入の距離感

ショートショート

☆☆☆組織開発の実践風景をリアルに描いたショートストーリー☆☆☆

「では、今日取り上げる事例についてお話しします。」
トレーナーMは、静かに話し始める。
3月『ODコーチ研鑽会』のスタートだ。年度末だからか今回出席者はあまり多くない。
Mは、組織開発(OD: Organization Development)の専門家として5年前からこの会社に招かれている。当初、組織開発の現場実践はMが直接行っていた。しかし、なるべく外部リソースに頼らない自主運営開始を早急に目指すのが会社方針だ。
そこで、社内実践コーチの育成トレーニングとして『ODコーチ研鑽会』を毎月行うこととなった。

今回の研鑽会で取り上げる事例は以下のようにシンプルでありふれた題材だ。

<事例概要>
場面は、あるメーカーの生産技術部門で起きた問題の検討会議。問題の解決方法は概ね決まったのだが、かかるコストと実施の判断方法で参加者がもめ始めている。

Mは参加者を見渡しながら、
「さて、こうした状況にOD実践コーチとして皆さんに介入していただきます。ポイントは課題解決だけでなく、検討会議の出席者が何らかの『学び』を得られるようにすることです。」
OD実践コーチの使命は、課題解決そのものではなく、当事者が自立してそれを行える能力開発にある。だから、そのプロセスをとおして当事者の経験学習が効果的に起きるようサポートしなければならない。
今日の参加者は、いろいろな部門から集まった社内コーチの4人。
経験年数はまちまちなので、トレーナーMは基礎から応用までの幅広い『学び』が起きるような場づくりをおこなう。それはOD実践そのものであり、参加者たちはODの疑似体験を通じて現場展開への参考とする。

「ではAさん、こういうとき話し合いの場に対してどのような介入を考えますか?」
「えっ!いきなり私ですか?」と、少し慌てる。
Aは、コーチを始めてまだ半年しかたっていない。
「はい、大丈夫ですよ。今の知識だけで考えていただいて構いません。」
「そうですか・・・、私だったらまず問題解決にかかるコストを細かく試算します。その上で効果と比較してその金額が見合うものかどうかを明確にして判断しますね。」
「今のお話、Aさんが当事者になっていませんか? じゃあ、試算をAさんにお願いしよう!という方向になったらどうしますか?」
「えっ!私には無理です。専門が違うので中身はわからないです。」
「そうですか、ではDさん、Aさんがそう答えたらそこの場はどんな雰囲気になりそうですか?」
「外野は引っ込んでろ!・・・かな?」と、クールに答えたDは社内コーチをになって3年目だ。ひと通りのことは学んだが、現場実践となるとまだ自信を持てずにいる。それがあるからか、この研鑽会には毎月なるべく出席するようにしているようだ。
「では、Dさんならどうしますか?」
「そうですね・・・、やはり基本は『見える化』だと思うので、当初の問題点だけでなく解決策から派生して起きる問題点なども書き出してもらいます。」
「なるほど、派生問題の『見える化』を指示する訳ですね?」
「これは、指示になりますか?」
「そうですね、直接の当事者でないDさんが実践コーチの立場で進め方のヒントを言ったら、当事者は『指示された』と感じませんか?」
「そっかぁ・・・、まずいかなぁ・・・」

「では、この中で一番経験の長いBさんはいかがでしょう?」
「もめ始めている訳ですから、まずその状況に注目します。」
「なるほど、『皆さん、だいぶもめていますね?』と、介入するわけですね?」
「いや、それでは露骨すぎるので言い方は以前Mさんに教わった方法を使います。なので『話し合いはうまく進んでいますか?』と問いかけます。」
「参加者が『大丈夫です!』と、答えたら次はどうしますか?」
「同じ質問を他の人にも投げてみます。」
「最初に『大丈夫!』と言った方人が、もし一番年上で役職も上位だとしたら、他の方は無意識に同意してしまうかも知れませんね。みんなが『大丈夫!』と返して来たらどうしますか?」
コーチ5年目のBにはMも手を緩めない。
しかし、考え込んでいるBの様子を見てヒントを出すことにした。
「では、もう一度場の状況を思い出してみましょう。」
「はい・・・。」
「話し合いでは、解決方法が決まったのに実行プロセスで次の課題を生じているようですね。さらに、『もめ始めている』ということは、感情的な発言も出ているのかも知れません。こんな状態のときは、問題を客観視して、感情から切り離すことが必要です。そのとき有効な方法は、Dさん何ですか?」
「話し合いの構造を『見える化』することです。」
「そうですね。でも先回りして解決方法を指示してしまうのはOD実践コーチとしていかがでしょう? 当事者は、コーチの言うとおり『見える化』を始めるかもしれませんが、『言われたからやる・・・』というのでは、やらされ感につながる可能性もあるし、進め方に関して思考停止が起きてしまいますよね。」
「質問していいですか?」と、Cが割り込んできた。
Cはコーチに任命されてからまだ日が浅く、ここのところずっともやもやとしている。
「はい、どうぞ。」
「なぜ、指示しちゃいけないのでしょうか? すみません、そこがどうしてもピンとこないのです。」
「そうですね、そこがあいまいだと困りますよね。まず、OD(組織開発)が何を目指すのか?を理解することが大切です。今回のケースで言えば、当事者が自ら『もめ始めている』状態に気付いて、『議論を客観視』する必要性を認識して、その手段として『見える化』を自然に始める。というのが目指すゴールです。この流れは、やり方を指示するだけでは身につかないと思いませんか?」
「う~ん・・・。」と、Cはますます混乱し始めた。
それは気にせず続ける。
「まず『もめ始めている』状態に気付いてもらうには、『うまく進んでいますか?』でもいいですが、『大丈夫です。』と、かわされることもあります。その場合、もう少し具体的に『今、どのような状況だと思いますか?』と、オープンクエスチョンに切り替えて質問するのも効果的かと思います。そうすれば、人によって現状認識が違うことや正直な気持ちも表に出しやすいですよね。」
全員がMの言葉を咀嚼しようとしている。ちょっと間をあけて、
「次に『議論を客観視』の必要性を認識してもらうには、話がかみ合っていないことや感情が混ざっているような混沌した状態を俯瞰してもらうのがよいですね。具体的には『今の論点はどこになりますか?』と、それまでの板書など指さすとよいかもしれません。」
「それは『見える化』の必要性を思い出すきっかけにもなりそうですね?」と、経験の長いBが割り込んだ。
「そうです。さすがBさんですね。Dさんはいかがですか?」
「何か、あらためて本質的なことが見えた気がします。当事者との距離感が大切なのですね。」
「そうですね。Aさん、Cさんはますます混乱してしまいましたか?」
「なんか遠回りしているような・・・」と、二人は消化不良気味だ。
「わかりました。ではBさんDさん、お二人がわかったことをAさんCさんに説明してください。伝えることで理解もさらに深まるはずですよ。それから、話すだけでなく内容の『見える化』も練習してみてくださいね。」

社内コーチ4人の対話が始まった。
机に拡げた模造紙にいろいろ書き込まれていく様子を眺めながら、トレーナーMは少し移動して距離をおいた。話の内容は聞こえないが、4人の表情から『学び』の生まれる『場』が作れているかどうか確認できるくらいの位置だ。
窓の外はそろそろ桜が満開、それを眺めながらMは、皆が『学び』の成功体験を得られるといいな!と思う。そうした経験が実践コーチとしての自信につながるからだ。

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