☆☆☆組織開発の実践風景をリアルに描いたショートストーリー☆☆☆
定刻より少し遅れてS課長は会議室のドアをあけた。参加者がいっせいにこちらに注目する。
「遅れてすみません。」と、Sは入り口に近い席に座る。
それを確認して、ワークショップ・ファシリテーターのMが話し始める。
「これで皆さんお揃いですね、それでは始めましょう。」
Mは組織開発の実践コーチ、今日は課長クラスの管理職を集めてマネジメント・トレーニングを行う。よくある座学の研修スタイルではなく、一人ひとりが日常業務について内省を行う経験学習の場だ。
「今日のテーマは『気持ちいい目標達成』です。それではまず『目標達成』について伺いましょう。ではS課長、『目標達成』という言葉ですが、どんなイメージをお持ちですか?」
Sは、部屋に入っていきなりの質問に動じることなく答える。
「イメージですね、営業はその月の予算を守ることができたとき、目標達成したと言えると思います。」
「目標と言えばまず販売目標ですね、ありがとうございます。次はT課長いかがですか?」
「そうですね私も数値目標かな、生産部門なのでコストダウン目標が最初に思い浮かびました。」
「コストダウンも大切な目標ですね、ありがとうございます。もう一人U課長、何か数値目標以外で思いつくことはありますか?」
U課長は女性管理職、理系大学出身者が多い男性中心のこの会社ではまだ珍しい存在だ。
「えっ!それ以外ですか?」とちょっと慌てるがすぐに思いついたようだ。
「年頭方針の中に『コミュニケーションの活性化』という項目があって、その目標は数値化しにくいので目標達成を判断しにくいな、と思っていました。」
「なるほど、おっしゃるとおりですね。あいまいな目標表現というのもありますね。では次に進みます。今日のテーマ『気持ちいい目標達成』を考える前に、まず『気持ちの悪い目標達成』を考えてみましょう。」
参加者の表情がやや動く、それは気にせず
「この場合、数値目標にしろそうでないにしろ目標は達成できている前提です。なのに、気持悪く感じるときはどんなときでしょう?」
やや間をあけてから指名する。
「S課長いかがですか?」
「よくあることなのですが、偶然大きめの商談が早い段階でポンと決まって、数字の上では目標達成です。ただ、その後まったく伸びずに月末を迎えたときは気持ちが落ち着かない感じです。」
「つまり、運がよかっただけ?というケースですか?」
「そうとも言えます。棚からぼた餅ですかね。」
「でも、運がよいことは気持ちの悪いことなのですか?」
「数字が届けばそれで満足!という同僚もいますが、私は素直に喜べない気がします。」
「そうですか、正直なお気持ちをありがとうございます。T課長は今のお話を聞かれてどう思いましたか?」
あらかじめ用意していた答を話せない質問にやや考え込む。
「棚ぼた、ですよね・・・」
「はい。」
「・・・、生産現場でのコストダウンというのは1円2円を絞り出すような工夫の連続なのです。そんなときいっきに50円下がるアイデアなんかが出てくると、すごく疑いたくなります。」
「何を疑うのですか?」
「品質面の影響や組み立て効率が悪くなることなどの副作用です。」
「品質確認はしないのですか?」
「もちろん確認しますよ。でもそれをクリアしてもなんとなく気持ち悪いですね。」
「そうですか、シビアなお仕事なのですね。U課長はいかがですか?」
「私のところは、市場のトラブル対応が中心です。なので、たくさん処理したから褒められる、ということにならない訳です。目標設定をしにくいし、次から次へと新しい問題が持ち込まれて、仕事に終わりがないというのが本音です。部下からは、この仕事には達成感がない!とも言われてしまいます。」
「なるほど、そもそも目標設定しにくい業務なので、『気持ちいい目標達成』以前に何か課題がありそうですね。それでU課長は、今のお仕事をどう思っていますか?お好きですか?」
「好き?ですか、うーん・・・、嫌いではないですね。好きとはストレートに言いにくいですが、面白い仕事だとは思っています。」
「どういうところが面白いのですか?」
「この仕事は、市場のトラブルを起点に営業部門から事情を聴いて、生産部門に伝えたり、開発部門に改善検討を依頼したりする仕事です。つまり、すべての事業部門の中心に居てコミュニケーションを仲介している訳です。」
「なるほど、調整役ということですね。皆さんから感謝される立場ですね?」
「いえ、とんでもない。営業からは怒られ、生産からはそれは無理だと拒絶され、開発からは煙たがられています。毎日が気持ち悪い!の連続です。」と、言いながらも表情にくもりはない。
「そんなことはないですよ。U課長にはいつもたいへんお世話になっています。」と営業のS課長が如才なくフォローを入れる。
「あら、ありがとうございます。」
Mが話をもとに戻す。
「皆さん、目標達成すれば必ずスッキリするという訳でもなさそうですね。そもそも、U課長の職場のように、目標がわかりにくいところもあるようです。では、次に進めましょう。今度は『気持ちいい』です。これはいかがでしょう? 仕事をしていて気持ちいいと感じるときはどんなときですか?」と、少し考える間を置く。
しばらくして、Tが手を挙げて話し始めた。 「気持ちいいと言えるのか微妙ですが、工程上の問題をクリアできて生産が安定して動き始めるとホッとします。」
「長いトンネルを抜けたような感じですか?」
「はい、そうです。緊張から解放された感じです。」
「そのお気持ちは『達成感』と呼んでもいいでしょうか?」
「目標達成ではないからどうなのかな・・・?」
「でも、何かを成し遂げた!という感覚はお持ちですよね?」
「はい」
「それと、難しい問題解決を経験したときに、新しい工夫を見つけたり予防策のアイデアを思いついたりしていませんか?」
「そうですね。」
「それは、Tさんの組織にとって『成長』だと言えませんか?」
「たしかに新しいノウハウを身に着ける機会にはなっています。」
「そのとき『成長感』を感じられますか?」
「えっ『成長感』ですか?どうかな・・・、当たり前すぎてその感覚はないと思います。」
「なるほど、もし部長がその工夫を認めて、褒めてくれたらどう感じますか?嬉しくないですか?」
「そうですね、それは嬉しいと思います。ただ、うちの部長はあまり現場を見ないのでそんなことを言いそうにないですけどね。」と、笑って見せる。まわりもつられて笑顔だ。
「でも、そういうフィードバックがあれば、次もがんばろう!という気持ちになりませんか?」
「おそらくなりますね。」
「それは『モチベーション』と呼んでいいですか?」
「はい、いいと思います。」
「ありがとうございます。ではU課長、今のTさんのお話を聞かれて、何か考えたことはありますか?」
「そうですね、『達成感』とか『成長感』は『モチベーション』につながるなぁ、と思いました。」
「でも『目標達成』や『問題解決』からすぐに『達成感』や『成長感』は感じられない、という話もありました。その点はいかがですか?」
「部長の関りがポイントですよね。上司に認めてもらえる、ということがきっかけかも知れません。」
「きっかけが必要だということですね。S課長はどう思われますか?」
「たしかにそうだと思います。販売目標を達成できることよりも販売施策がうまく機能することの方が嬉しいし、そのことを上司が把握してくれているとわかれば、さらに気持ちいいですね。単純に数字が届いたことを褒められるのとは何か違うようです。」
「皆さん、ありがとうございます。では、最後の質問です。今度は、皆さんと部下の方々の関係で考えてみましょう。皆さんの部下が『気持ちいい目標達成』を感じるために、課長が心がける行動にはどんなものがあるでしょうか?」
「やはりそう来ますか・・・」とS課長。
「はい、5分ほど時間を差し上げますので付箋に書き出してみてください。なるべく実務に沿ってリアルな表現にしてくださいね。後でそれを見ながら共有をしましょう。では、よろしくお願いします。」
参加者たちは、いっせいに考え始める。Mは、その様子を静かに見守っている。
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